2022/02/02 18:43

西田幾多郎記念哲学館の翻刻事業の報告書に今年度も寄稿させていただくことになり、

毎日頭をひねっています。

報告書は五冊目で、1号から3号までは西田が所蔵していた本について、

特に、哲学館の敷地に移築されている西田の書斎(骨清窟)内の旧蔵本について書いてきました。


今回はインゼル文庫について書くことにしました。

インゼル文庫はドイツのインゼル出版社という出版社が1912年から刊行し続けているシリーズです。


実物を調査させていただくと面白い発見もあり、すっかり嬉しくなって、

先行文献と一緒にインゼル文庫の書誌を注文しました。

早く届かないだろうかと首を長くして待っているところです。

長い間弊店でインゼル文庫を取り扱いたいと考えてきましたが、

書誌なしではなかなか難しく、手に入れなければとずっと思いながらも後回しにしていました。


インゼル文庫について思い出深いのは、詩人リルケが芸術家たちと過ごしたヴォルプスヴェーデを若いとき訪ねた時に、

バルケンホーフでハインリヒ・フォーゲラーの詩画集『君に』を買ったことです。

同書は、そもそもはインゼル文庫を代表する本ですが、手もとのその時の本をこの度見返してみると、

1899年の版に1987年色を入れた云々詳細がきちんと記してあり驚きました。

大量生産であっても限定本の伝統にのっとっているわけです。

インゼル出版社を作り上げたのは、リルケと親しかったアントン・キッペンベルクですが、

彼はゲーテの蒐集家としても有名で、綺麗な本造りを大切にしていました。

今回上述の丁寧な記載を読むと、戦後キッペンベルクが亡くなったあとも、

出版社が彼の精神を引き継がんとしているのが表明されているように思いました。

正直私は標題ラベルがプリントになって以降のインゼル文庫を軽んじていました。反省です。

(写真の本はいずれも、インゼル文庫第1号の『旗手クリストフ・リルケの愛と死』)


先日のクリスマスの展示会では、あるお客様に、小さなハートが一面に散りばめられた『カロッサ詩集』を

お求めいただきました。

ハンス・カロッサは、詩人立原道造をはじめ、戦前日本の文化人に大切にされていた作家です。

この話題は、最近入荷した『感泣亭秋報第16号』(↓)でも取り上げられています。

インゼル文庫のハートの模様は、大正2年に北文館から刊行された

鼓常良の『ゲエテ作自伝劇詩ファウスト評論』の装幀にも見られます。

インゼル文庫は、日本の出版業界に少なからず影響を及ぼしてきたシリーズのようです。

詳しくは、報告書が発行されましたらお手にとっていただけましたら嬉しゅうございます。



(写真は、フォーゲラーが装釘したヤコブセン全集の普及版です。ヤコブセンの当時の影響力は、いまは推し量り難いものがあります。)