2022/01/10 19:13



野村行一訳の『エミーリア・ガロッティ』を入荷しました。

岩波書店から1924年に発行された本です。

白い背布装に、平に貼られた薄い紺色の紙の色味が美しく、また函の平と背に貼られた水色の紙の調和が素晴らしいです。

しなやかでやわらかいタイトルの書体は、主人公の女性を表しているように思えます。



『エミーリア・ガロッティ』は、ドイツの作家レッシングにより創作されました。

アリストテレスの悲劇論を底敷にした18世紀ヨーロッパの市民劇です。初演は1772年。

領主からの望まぬ求愛を避けるため、エミーリアは父親の短剣で死ぬことを選びます。


森鷗外も明治期に訳し日本に紹介しましたが、タイトルを『折薔薇』としました。それは、父親が娘を刺した直後の最終場面によるものです。

以下にこの本の訳から記してみましょう。



オドアルド。おや、わしは何をしたんだらう?

エミーリア。嵐の来ない中に薔薇をお折りになりましたのよ。

・・・

殿。残酷な人!あなたは何をした?

オドアルド。嵐の来ない中に薔薇を折り取つたのです。さうだらう?エミーリア!

エミーリア。い﹅え、お父様ぢや御座いません、私自分で、自分でー


(「オドアルド」は父親のことです。)


原文

Odoardo: Gott, was hab ich getan! 

Emilia: Eine Rose gebrochen, ehe der Sturm sie entblättert.

・・・

Der Prinz: Grausamer Vater, was haben Sie getan!

Odoardo: Eine Rose gebrochen, ehe der Sturm sie entblättert.—War es nicht so, meine Tochter?

Emilia: Nicht Sie, mein Vater—Ich selbst—ich selbst.


「嵐の来ない中に」の意味が取りづらいのですが、「来る前に」の意味です。鷗外は「荒い風のちらさぬそのうちに、花をお折なされたばかり。」と訳しました。


野村行一の訳した公爵の台詞、「残酷な人!」は、Grausamer Vater、直訳だと「残酷な父親め!」。


今日的でないひかえめな文体のうちに、生々しい物語が胸に刺さります。

何より、戦前の活版の文字でもって、読み手に力強く迫ってくる一冊です。